あの日、四国のファミリーレストランで彼と別れてから、数年が経ちました。
私は、もう彼と会うことはないかもしれない。
そんなことを思っていました。
なぜなら、あの日の彼は、
「転職は考えていません。」
とはっきり話していたからです。
それから数年。
ある日の午後、一本の電話が鳴りました。
「上原さん、お久しぶりです。」
聞き覚えのある声でした。
四国でお会いした、あの現場監督の彼です。
「実は、転職の相談があります。」
私は少し驚きました。
人材紹介の仕事を20年以上続けていますが、こういう電話は今でも嬉しいものです。
転職を勧め続けた結果ではありません。
「何かあった時に相談しよう。」
そう思っていただけたことが、何より嬉しかったのです。
彼は、お父さんの紹介で入社した工務店で、数年間一生懸命働いてきました。
朝早く現場へ向かい、職人さんと打ち合わせをし、お客様とも向き合う。
決して楽な仕事ではありません。
それでも、建物が完成した時の達成感が好きで、仕事に誇りを持っていました。
しかし、会社の状況は少しずつ変わっていきました。
経営方針も変わり、現場を取り巻く環境も以前とは違ってきたそうです。
そして彼自身も、30代となり、結婚や将来の暮らしを真剣に考えるようになりました。
「このまま今の会社に残ることが、本当に家族のためになるのだろうか。」
初めて、そんなことを考えたそうです。
私は静かに話を聞きました。
人は、誰かに「転職したほうがいい」と言われて動くものではありません。
自分自身で答えを見つけた時に、初めて前へ進みます。
だから私は、急いで求人を紹介することはしませんでした。
彼が本当に望む働き方は何なのか。
どんな現場なら力を発揮できるのか。
これからどんな人生を送りたいのか。
何度も話し合いながら、一緒に整理していきました。
そして、彼にぴったりだと思える工務店をご紹介しました。
会社の規模だけではありません。
給与だけでもありません。
社長の考え方。
一緒に働く仲間。
現場の雰囲気。
家族との時間。
すべてを含めて、「この会社なら彼らしく働ける」と思えた一社でした。
面接当日。
社長と話す彼の表情は、数年前にファミリーレストランで初めて会った時よりも、ずっと自信に満ちていました。
経験を積み、悩み、考え続けてきた数年間が、彼を大きく成長させていたのです。
無事に内定が決まり、入社したあとも、彼は変わらず真面目に現場と向き合い続けました。
後日、彼から一本の電話がありました。
「上原さん、本当にありがとうございました。」
「毎日が充実しています。」
その一言だけで十分でした。
私たち人材紹介会社の仕事は、転職を決めることではありません。
求人票を渡すことでもありません。
目の前にいる一人の人生に向き合い、その方が数年後に「あの時の選択で良かった」と思える未来を、一緒につくることだと思っています。
四国のファミリーレストランで始まったご縁は、一度の面談で終わるものではありませんでした。
数年という時間を経て、ようやく実を結んだご縁でした。
だから私は、今でも思います。
人材紹介で一番大切なのは、急いで転職を決めることではない。
目の前の一人と誠実に向き合い続けること。
その積み重ねが、いつか誰かの人生を変える。
私は、これからもそんな仕事を続けていきたいと思っています。
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