今から10年ほど前のことです。
私は博多駅で、ある若手の設計士の方とお会いしました。
当時、その方が勤務していた設計事務所は経営が厳しくなっており、いずれ倒産することが見えている状況でした。
多くの社員は次の転職先を探し始めていました。
当然のことだと思います。
家族もいます。
生活もあります。
誰だって自分の将来が不安になります。
しかし、その方は違いました。
私が転職の提案をしても、最後まで首を縦に振らなかったのです。
正直に言うと、
「なぜだろう」
と思いました。
条件が悪かったわけではありません。
転職先の環境も良かったと思います。
それでも彼は動きませんでした。
理由を聞くと、
「まだ会社に残るべき仕事があります」
と言いました。
お客様への対応。
進行中の案件。
取引先への説明。
社内の整理。
社長や会社への恩義。
彼は、自分の将来よりも先に責任を果たそうとしていたのです。
私はその話を聞いて驚きました。
そして同時に、
「この人は必ず将来評価される」
と思いました。
彼は決して派手なタイプではありませんでした。
素直でした。
誠実でした。
とても好青年という言葉が似合う方でした。
偉そうなところもありません。
むしろ謙虚でした。
しかし、芯が強かったのです。
私は半年待ちました。
無理に転職を勧めることはしませんでした。
一方で彼も私のことを忘れませんでした。
半年間、お互いに連絡を取りながら信頼関係を築いていきました。
そしてすべての責任を果たした後、転職を決断されました。
現在、その方はどうなったでしょうか。
九州の住宅会社で役員として活躍されています。
活躍のフィールドをどんどん広げています。
私は驚きませんでした。
むしろ、
「やっぱりそうなったか」
と思いました。
なぜなら、役員になる人には共通点があるからです。
能力だけではありません。
責任感です。
誠実さです。
約束を守ることです。
誰も見ていないところで頑張れることです。
私は採用の仕事を20年以上続けています。
その中で思うのは、
履歴書だけでは人は分からないということです。
面接で話す内容だけでも分かりません。
本当に大切なのは、
その人がどんな時にどんな行動を取るのかです。
自分だけが得をする道を選ぶのか。
それとも周囲の人への責任を果たそうとするのか。
その積み重ねが、その人の将来を決めていくのだと思います。
私は今でも採用において人柄を重視しています。
スキルは後から身につくことがあります。
知識も経験も増やせます。
しかし、
誠実さ。
責任感。
思いやり。
こういった部分は簡単には変わりません。
だから私は面接の時、
経歴だけではなく、
その人がどんな人生を歩んできたのかを見るようにしています。
博多駅で出会ったあの若手設計士の方は、そのことを改めて教えてくれた一人でした。
